セキララざっき。

貯金のない30代が結婚して妊娠して、これからの人生をどうにかしようとしています。

そしてまた1年間の空白が

空白の1年間で何をしていたか、は書きませんが

まる、です。

これまた久し振りに、はてなブログの編集画面を開いたなぁ。
この1年間は非常に濃密で、アップダウンが激しくて、更にさらに、今は家にいます。平日の昼間なのにね!うん、まぁつまりはそういうこと。かもしれないし、そうじゃないかも知れない。ご想像にお任せいたします。

はてなIDは「ikiterukotoga」です

我ながら、けったいなIDだなぁと自覚はあります。

「生きてることが」です。生きるって辛いなぁ、と、結構な頻度で思っています。小学生の頃から、生きるって辛い、と思っていた記憶があります。きっと大きくなったら、大人になったら、きっと幸せになれる。漠然とそう信じていました。
確か、このブログでも過去に似たようなこと書きましたね。

そうなの、そこから、いまだに抜け出せていないんですよ…困ったなぁ。あれから時は進めども、私自身は変わらないのか。

最近のブログ文化には、疲れちゃった

むかーしむかし、まだ「ウェブログ」というものが全く浸透していなかった頃、多くの人はブログで日記を書いていたと思います。
その日見たこと聞いたこと、経験したことを自分の意見を含めたり含めなかったりしながら記事にする、という。そんなブログがあふれかえっていました。

それが今は。日記ブログも根強く残されてはいますが、多くは芸能人や有名人のもの(日の目を見るものが、という意味でね)など、その人自身に魅力がある場合に限られて読まれていて、一般人の書いたブログなんて、まず読まれませんよね。

一般人は、何か他者がそのブログを読むことによって、メリットがあるようなブログ記事を書く必要がある、さぁ、みんなで自分は何が書けるのかを考えよう!みたいな。

なんだ、その風潮。

やけに、ブログでマネタイズしましょうよ、という風潮が萬栄していません?

誰が読むんだよそんなブログ、みたいなのは淘汰されていって、

 ・こんな副業で稼げます。

 ・あなたのこんな悩みを解決します。

 ・この商品がおススメ!ランキング作ったよ!

みたいなのが、ものすんごく出てきません?あれ?私が検索している結果と連動してそうなっちゃっているだけなのかな…

その人個人の、どうでもいい日常を綴ったブログって、なかなか見ないなぁ。多分、どこかには存在しているんだと思うんですよ。でもね、そうじゃない人たちのブログがめちゃくちゃたくさん増えてきて、SEO対策もするから検索でもそういうサイトしか出てこなくなっちゃって、ランキングサイトもセンセーショナルな内容のブログしか上位にいかなくなってきて、平々凡々なブログは人の目には触れない、人の目に触れないから、そのブログを書いている人は読まれていない記事を書くことに疲れてやる気をなくして、いつの間にかブログを書かなくなってしまう。

くっだらないブログに、簡単にアクセスできなくなっちゃったんですよ。
昔は個人サイトとかファンサイトとか、個人が一生懸命作りました!みたいな、手作り感のあるウェブサイトとかブログもたくさんあったの。

スキルがないブログ(人間)は淘汰される時代

何が言いたいの?っていうのは、私のブログにはありません。

無理して「お金に関することをセキララに語るわ」と頑張ろうと思ったけど、私の中にそのネタが無さすぎて続かないね。うん、私には無理だったんだわぁ。やめよう。ごめんなさい。誰に謝るわけではないですが、極々少人数が、なぜかこのブログに訪問してくれるんです。
多分、妊娠中でつわりが辛い人なのかな?ごめん、役に立つこと書けなくて。

とにかく、生きなくちゃいけないな、と思ったんです。

ブログを始めて、ちゃんと定期的に更新が出来て、他の人みたいに人の役に立つ内容を発信できたら、少しは生きていて楽しくなれるのかな、と思ったんです。

それが、無理だった。うーん、駄目人間には無理だった。キャラ設定とかも難しいし、そもそも人とコミュニケーションとるのは苦手だし、だからといってコミュ障なんだよねーって言えるほどでもないし、何もない。

すべて、すべては資本主義のお金のためなのよね

個人のウェブサイトはまだ良かったけど、SNSとかTwitterとかブログとか、YouTubeとかInstagramとか、どこぞの企業が場所を提供してユーザーが何やら発信するのって、結局は巨大な広告ビジネスなんですよね。

昔はテレビでしたよね。テレビ制作会社は、一生懸命視聴率を獲得するために面白い番組を企画して作成して流して、お茶の間のみんなに見てもらって、それでテレビコマーシャル流して、お金を得るわけですよね。

「わぁ~楽しい~」だけでは終わらない。個人の主張内容(俗にオピニオン記事?と呼ばれるやつ?まさにこの記事とか?)なんてどうでもいい。

いろんな人に閲覧してもらって、消費者に広告を見てもらって、何やら別の商品を購入してもらう。そんな図式になっちゃってるから、そりゃあもちろん、消費者から人気のある人、が勝つ図式ですよね。

マジョリティが勝つ。マイノリティは淘汰される。

(マイノリティのなかのマジョリティを目指してニッチな分野で人気モノになる、とかの戦略の人もいますけれども)

いやぁ!生きるのってしんどい!

他者にどうしたら目にとめてもらえるんだろう、って考えたり、他の人から「いいね!」を貰うにはどうしたらいいんでしょうか、って研究して攻略していかないといけないとか、そんな情報ばっかりですよね、世の中。

それができないなら、ただ消費する人間として極貧生活もしていくだけよ、と。

「ゆたかな生活」(何をもってゆたかなんだよって話だけど)を送るには、自分の頭を使ってあれやこれややらないといけないんだよ、ってそれ自体はまぁ賛成なんだけど、そうなんだけど、何だろうか、全部が全部広告ビジネスに感じちゃって、毎日息を吸うだけでしんどい。

誰のためになるのかすぐに回答できないようなことをやって、経済的にもゆたかになってる人の情報が欲しい。その人に慣れないまでも、その情報によって癒されたい。

生きることが楽しい!って思いたい。なんでだろうなぁ、小さいころから、どこかで楽しくないと思っている気がする。いや、人生楽しんでいる時期もあったはず。結婚もしてマイホームもあって子供も出産して仕事もできて、楽しいはず。事実楽しいよ、我が子との時間は笑顔でいっぱいだよ。

それなのに、この虚無感はなんでしょうね。何をしたら改善するんだろう。何か勉強したら良いんでしょうかね。うーん。

来年も生きていられますように。